利用者さんの呼び方について大切にしたい5つのポイント

福祉サービスを利用される高齢者や障がいのある方々に対して、支援者が「〜ちゃん」やあだ名で呼ぶ場面は、決して珍しいことではありません。

施設内では、呼び方や言葉遣いに関する課題が常に話題に上がります。

利用者さんは、福祉サービスを利用されている方々です。だからこそ、支援者が丁寧な呼称や言葉遣いで接することは、当然の姿勢だと考えられています。

では、なぜこの問題が繰り返し取り上げられるのでしょうか？
そして、なぜ改善が難しいのでしょうか？

この記事では、一般論だけでなく、利用者さんへの影響や支援者の心の内側にも目を向けながら、私自身の経験を踏まえて「呼び方の改善」に向けた糸口を、5つのポイントからご紹介したいと思います。

この記事では、利用者さんの呼び方や言葉遣いに関する課題について、その背景にある原因と、改善に向けた具体的な方法をお伝えします。

どうして利用者さんを「〜ちゃん」やあだ名で呼んでしまうのか？

　福祉サービスは、利用者さんの暮らしを支える大切な仕組みです。サービス形態には、主に「通所」と「入所」がありますが、特に入所施設では、24時間の暮らしをトータルにサポートすることが大きな特徴です。

朝起きてから夜眠るまで、日常のすべてに支援が関わる入所施設では、年数が経つにつれて、職員と利用者さんが家族以上に長い時間を共に過ごすこともあります。結果として、職員と利用者さんとの関係は自然と深まっていきます。

私たちも学生時代、クラスメイトと最初は苗字で呼び合っていたのが、次第に下の名前になったり、あだ名で呼び合ったりするようになった経験がありますよね。そうした関係性が心地よく感じられることもあります。

 

　利用者さんが同世代や年下の場合もありますので、10年来の付き合いになると、「この人のことは小さいころから見てきたから何でも知ってる」というベテランの職員もいます。

利用者さんを「〜ちゃん」と呼んだり、命令口調で指示をすることに疑問や違和感を覚えない方もいます。そうすることが職場内で当然の雰囲気となっている場合には、新しく入った職員もそれを手本にしてしまいます。

では、なぜ「〜ちゃん」やあだ名で呼ぶことは良くないのか？5つのポイントから整理をしていきます。

障害者の施設の場合、利用者さんより支援員の方が年上だったり、同い年の場合があるため、「～君」→「～ちゃん」もしくは呼び捨てになることも少なくありません。呼んでいる支援者にはまったく悪気がないことも多いです。

なぜ「ちゃん」やあだ名で呼ぶのは良くないのか？いくつか考えられるケースがあります。

ポイント１利用者さん自身が望んでいない場合があります。

利用者さん自身が、「あだ名ではなく、“〜さん”と名前で呼んでほしい」と思っている場合があります。しかし、支援を受けている立場では、それを言い出しにくかったり、言語の障害があることで伝えること自体が困難な場合もあります。

職員に悪気があるわけではなく、むしろ利用者さんととても仲良くしているからこそ、親しみを込めて呼んでいることもあります。その呼び方を指摘することで、職員に嫌な思いをさせてしまうのではないか、関係が壊れてしまうのではないか――そんな心配から、声をかけることをためらってしまうこともあります。

利用者さんの言葉や表情に表れなくても、私たちは“想像する力”を持たなければいけません。

名前は、その人が生まれる前、生まれた瞬間に、親が一生懸命考えたものです。名前には、我が子への願いや思いが込められています。

たとえば、昔話によく登場する「太郎」という名前には、どんな意味が込められているのでしょうか？

「太郎」とは、もともと「長男」や「最も優れた」という意味を含んでいました。また、「太」は「大人」を意味し、「郎」は漢字の組み合わせから「良い人」という意味を持ちます。
漢字だけでなく「タロウ＝タレル」という音にも意味があるとされ、「神」のことを指しているようです。

引用　mamari　「太郎」が持つ意味とは https://mamari.jp/34234

　改めてご両親に自分の名前はどんな思いを込めて考えたのか、聞いてみてください。

　きっと自分の名前が好きになります。そして自分以外の人の名前も大切に思うことができるようになります。

ポイント２　その呼び方を本当の名前と思ってしまう場合があります。

　知的な障害が重く、言葉によるコミュニケーションが困難な方の場合、大人の方でも子どものように扱われてしまう場合があります。

利用者さん本人にとっては、「～ちゃん」と呼ばれることで、いつまでの自分を子どものように認識してしまう場合があります。またあだ名で呼ばれ続けることで、本人はその呼ぶ方が自分の正しい名前と思ってしまう場合もあります。

ご両親につけてもらった大切な名前。それを認識できず、もっとも頻度の高い呼び方を自分の本当の名前と思ってしまうのは申し訳ないことです。

ポイント３　呼び方はセルフイメージに大きな影響を与えます。

私たちには「セルフイメージ」というものがあります。これは、自分自身をどのように見ているかという“自己認識”のことです。

セルフイメージには、自分の能力、外見、性格などが含まれます。これは、自分の経験や他者からのフィードバックによって形成され、時間とともに変化することがあります。

たとえば、初めてマラソン大会にエントリーして、あまり練習していなかったのに中級者レベルのタイムが出たとします。すると「自分はマラソンに向いているんだ」と感じるようになります。さらに、周囲から「初めてなのにすごいですね」と言われることで、そのセルフイメージはより強くなっていきます。

これはポジティブな例ですが、逆に、子どものころから成人になってもずっと子ども扱いされ続けると、「自分はいつまでも子どもなんだ」と思い込んでしまう可能性があります。

また、私たちが旅行でホテルに泊まったとき、スタッフから丁寧な言葉遣いで手厚いサービスを受けると、「自分は大切に扱われている」と感じますよね。
このように、周囲の関わり方は、セルフイメージに大きな影響を与えます。

もし、呼び捨てで呼ばれたり、遠くから大声で「こっちに早く来て！」と日常的に言われていたら、自分は雑に扱われていると感じてしまうでしょう。

だからこそ、正しい名前で呼び、ひとりの人格として丁寧に関わることは、何よりも大切なのです。

ポイント４　気をつけて！人は役割を得ると、本来の自分と区別がつかなくなる事があります。

「スタンフォード監獄実験」というものが、過去に行われました。
この実験では、人は“役割”を与えられると、本来の自分との境界が曖昧になってしまうことが明らかになり、現在では禁止されています。

この実験は、心理学者フィリップ・ジンバルドーによって実施されました。スタンフォード大学の地下室に模擬刑務所を作り、被験者をランダムに「囚人役」と「看守役」に割り振りました。看守役は1日8時間の3交代制、囚人役は24時間その役割を担いました。

本来は2週間続ける予定だったこの実験ですが、時間が経つにつれて看守役の行動は次第にエスカレートし、囚人役に対して非人間的な扱いをするようになりました。暴力行為まで発展し、囚人役は無気力・抑うつ的な状態に陥ったため、実験はわずか6日で中止されました。

これは極端な例かもしれません。
しかし、私たち支援者も、福祉の現場で“役割”にとらわれすぎてしまうことがあります。

「健康的な生活を送ってほしい」
「リハビリをして、今のADL（日常生活動作）を維持してほしい」
「身の回りのことを自分でできるようになってもらいたい」

──こうした思いは、利用者さんのことを考えた上での行動です。
けれど、時にその思いが強くなりすぎると、知らず知らずのうちに威圧的な関わりになってしまうこともあります。

私たちは、利用者さんの暮らしを“補う”立場にあります。
そばにいることで安心してもらい、「この人がいてくれるから安心だ」と思ってもらえるような存在でありたいですね。

支援者としての意識を持つことは大切です。
でも、「〜しなければならない」と感じたときこそ、「本当にそうだろうか？」と自問自答してみる。
そんなふうに、ふとワンクッション置いてみることを、私はおすすめします。

ポイント５　周囲の雰囲気に合わせてしまう。

　勤続年数の短い職員よりも、ベテラン職員の方が、利用者さんに対して「タメ口」で話したり、あだ名や「〜ちゃん」付けで呼ぶことが日常的になっている場合があります。

もちろん、これは施設や事業所の風土によるもので、すべての現場に共通しているわけではありません。

しかし、ベテラン職員がそのような関わり方をしていると、新人職員はそれを“当たり前”として受け止め、手本にしてしまうことがあります。
逆に、ベテラン職員が言葉遣いや呼び方を丁寧に徹底していれば、自然と新人職員もそれを見習うようになります。

夢を抱いて福祉の世界に飛び込んできた若い職員たちに、正しい関わり方を示して導いていくこと──それは、年長者としての大切な責務だと私は思います。

まとめ

ポイント1〜3では、利用者さんを「〜ちゃん」やあだ名で呼ぶことによって、精神面にどのような影響があるかを挙げました。
ポイント4と5では、支援者自身の内面や関わり方の変化について触れました。

利用者さんに限らず、相手をひとりの人格として尊重し、敬意をもって正しく名前を呼ぶ。
丁寧な言葉遣いで接することは、支援の場において“当然”であり“必然”だと私は思います。

とはいえ、「何かよそよそしくて、逆に相手を緊張させてしまうのでは？」と違和感を覚える方もいるかもしれません。
でも、それは“慣れていない”からこそ出てくる感覚です。

福祉サービスの現場は「感情労働」とも言われます。
支援者は常に自分の感情と向き合い、コントロールする力が求められます。

丁寧な言葉遣いや、相手への感謝の気持ちは、巡り巡って自分自身にも返ってきます。
これは精神論ではなく、脳科学の分野でも「脳は主語を理解できない」と言われています。
つまり、他人に向けた悪口も、脳は“自分に向けられた言葉”として受け止めてしまうのです。

「イライラするから悪口が出る」のではなく、「悪口を言うからイライラする」という逆の見方もできるのです。

だからこそ、丁寧な言葉遣いと、相手に敬意をもって名前を正しく呼ぶことは、自分自身の精神面を安定させることにもつながります。

私自身も「自分との約束」として、利用者さんには常に敬語で接するようにしています。
この習慣を始めてから、仕事中にイライラすることが大幅に減りました。
また、何かトラブルが起きたときも、すぐに冷静さを取り戻せるようになりました。

この記事が、みなさんの普段のお仕事に少しでも役立てば幸いです。
ぜひ、違和感がなくなるまで、丁寧な言葉遣いと名前への敬意を大切にし、「〜さん」と呼ぶ風土づくりに取り組んでみませんか？