福祉サービスを利用される高齢者または障がいのある方たちに支援者が「〜ちゃん」もしくはあだ名で呼んでしまうことはめずらしいことではありませんね。
施設内では呼び方や言葉遣いに関する問題が常に取り上げられます。
利用者さんは福祉サービスを利用されている方々なので、支援者が丁寧な呼称や言葉遣いで接するのは当然のことです。
では、なぜ問題として挙げられるのか?なぜ改善するのが難しいのか。この記事では一般論だけでなく、利用者さんへの影響や支援者のこころの内面を私自身の経験も踏まえて、その解説法の糸口を5つのポイントから書かせていただきます。
はじめまして。サイト運営者のふわまると申します。
私は高齢者福祉では認知症の高齢者の支援に3年、障害福祉では知的障害、自閉症発達障害のある方々の支援に20年間携わってきました。
現在では中間管理職の立場で、支援の現場と事務を行き来しながら虐待防止マネージャーとして、虐待が起こらない風土づくりに取り組んでいます。
この記事では利用者さんの呼び方、言葉遣いについての課題に関する原因、その解決方法をお伝えします。
どうして利用者さんを「〜ちゃん」やあだ名で呼んでしまうのか?
福祉サービスは利用者さんの暮らしを支えています。サービス形態には主に通所と入所がある中で、特に入所施設の場合は24時間の暮らしをトータル的にサポートするのが大きな特徴です。
朝起きてから夜寝ている間も支援をする入所施設では、年数が経つと家族よりも長い時間を過ごすことにもなります。結果として、職員と利用者さんとの仲は自然と深まっていきます。
私たちも学生時代、クラスメイトと最初は苗字で呼び合ってたのが、下の名前で呼び合ったり、あだ名がつけられたりしますね。その関係性が心地よい場合があることを経験しています。
実際、私自身も過去には利用者さんを「〜やん」とか「〜ちゃん」、あだ名で呼んでいた時期もありました。障がいのある方々の支援では一緒に食事を摂ったり、旅行に行ったり。お風呂に入ることもあります。
利用者さんが同世代や年下の場合もありますので、10年来の付き合いになると、「この人のことは小さいころから見てきたから何でも知ってる」というベテランの職員もいます。
利用者さんを「〜ちゃん」と呼んだり、命令口調で指示をすることに疑問や違和感を覚えない方もいます。そうすることが職場内で当然の雰囲気となっている場合には、新しく入った職員もそれを手本にしてしまいます。
では、なぜ「〜ちゃん」やあだ名で呼ぶことは良くないのか?5つのポイントから整理をしていきます。
障害者の施設の場合、利用者さんより支援員の方が年上だったり、同い年の場合があるため、「~君」→「~ちゃん」もしくは呼び捨てになることも少なくありません。呼んでいる支援者にはまったく悪気がないことも多いです。
なぜ「ちゃん」やあだ名で呼ぶのは良くないのか?いくつか考えられるケースがあります。
ポイント1利用者さん自身が望んでいない場合があります。
利用者さん自身はあだ名でなく、「〜さん」と名前で呼んで欲しいと思っている場合があります。しかし、支援を受けている身なので言えない、言いにくい。言語の障害がある場合は伝えるのも困難です。
職員自身に悪気があるわけではなく、利用者さんととても仲良くしている場合。呼び方を指摘することで職員に嫌な思いをさせてしまうのではないか?関係が壊れてしまうのではないかという心配をしてしまうこともあります。
利用者さんの言葉や表情に現れなくても、私たちは想像しなければいけません。名前はその人が生まれる前、生まれた時に親が考えたものです。名前には我が子に対する思いが込められています。
たとえば、昔話によく出てくる「太郎」はどんな意味が込められているのでしょうか?
「太郎」とは、もともと「長男」や「最も優れた」という意味を含んでいました。また、「太」は「大人」を意味し、「郎」は漢字の組み合わせから「良い人」という意味を持ちます。
引用 mamari 「太郎」が持つ意味とは https://mamari.jp/34234
漢字だけでなく「タロウ=タレル」という音にも意味があるとされ、「神」のことを指しているようです。
改めてご両親に自分の名前はどんな思いを込めて考えたのか、聞いてみてください。
きっと自分の名前が好きになります。そして自分以外の人の名前も大切に思うことができるようになります。
ポイント2 その呼び方を本当の名前と思ってしまう場合があります。
知的な障害が重く、言葉によるコミュニケーションが困難な方の場合、大人の方でも子どものように扱われてしまう場合があります。
利用者さん本人にとっては、「~ちゃん」と呼ばれることで、いつまでの自分を子どものように認識してしまう場合があります。またあだ名で呼ばれ続けることで、本人はその呼ぶ方が自分の正しい名前と思ってしまう場合もあります。
【理由その3】
知的な障がいが重い、または言葉によるコミュニケーションが難しい方は、大人になっても周囲の人、職員から子どものような扱いをされてしまうことが大いにあります。
職員としては利用者さんのことを愛らしく、親しみを込めて「~ちゃん」やあだ名で呼んでいます。利用者さん自身はその呼び方に慣れてしまい、本当の自分の名前を認識できていない場合があります。
ご両親につけてもらった大切な名前。それを認識できず、もっとも頻度の高い呼び方を自分の本当の名前と思ってしまうのは申し訳ないことです。
ポイント3 呼び方はセルフイメージに大きな影響を与えます。
私たちにはセルフイメージというものがあります。それは自分自身をどのように見ているかということ。自己認識ともいいます。
セルフイメージには自分の能力、外見、性格などが含まれます。これは自分の経験や他者からのフィードバックによって形成され、時間とともに変化することがあります。
初めてマラソン大会にエントリーをして、あまり練習もしていないのに中級者レベルのタイムが出た時は、「自分はマラソンに向いているんだ」と思います。周囲からも「初めてなのにすごいですね」とフィードバックを受けることで、さらに「自分はマラソンに向いている」というセルフイメージが形成されます。
これは良い例ですが、子どものころから成人になってもずっと子ども扱いされた場合は「自分はいつまでも子どもなんだ」とイメージしてしまう可能性があります。
私たちが旅行でホテルに泊まった時、スタッフに丁寧な言葉遣いで手厚いサービスを受けると、客としてとても大切に対応してもらっていると感じますね。周囲の関わり次第でセルフイメージに大きな影響を与えます。呼び捨てで呼ばれたり、遠くから大声で「こっちに早く来て!」と常日頃から言われていると、自分は雑に扱われていると感じます。
正しいと名前で呼ばれ、ひとりの人格として丁寧に対応することは何より大切です。
ポイント4 気をつけて!人は役割を得ると、本来の自分と区別がつかなくなる事があります。
ちょっと見出しになってしまいました。
スタンフォード監獄実験というものが過去に行われました。この実験では人は役割を得ると本来の自分とは区別がつかなくなることが立証されており、現在では禁止されています。
スタンフォード監獄実験とは、心理学者ジンバルドーによって実施されました。
実験の概要を大まかに説明しますね。スタンフォード大学はこの実験で大学の地下室に模擬刑務所を作りました。被験者はランダムに囚人役と看守役に割り振られました。看守役に選ばれた人は1日8時間の3交代制。一方の囚人役は24時間囚人役として参加しました。
この実験は2週間続く予定だったのですが、実験開始から時間が経つにつれて、看守役は囚人役に対して次第に非人間的な扱いをするようになりました。その行動は次第にエスカレートし、禁止されていた暴力をふるうようになりました。囚人役は無気力・抑うつ的な状態に陥ったことも影響し、危険と判断されて実験は6日で中止されました。
これは極端な例かもしれません。しかし、私たち支援者もサービスを利用する方々に対して、役割を演じてしまい、抜け出せなくなってしまうことがあります。それは「健康的な生活を送って欲しい」「リハビリをして、現在のADL(日常生活動作)を維持してほしい。身の回りのことを自分でできるようになってもらいたい。と利用者さんのことを考えた上での行動ですが、場合によっては威圧的になることもあります。私たちは利用者さんの暮らしを補う立場にあります。傍にいることで安心してもらい、「この人がいてくれるから安心だ」と思ってもらえるような存在になりたいですね。
自分を支援者であると意識することは大切ですが、利用l者さんの支援について「~しなければならない」という思いが生じた時、「本当にそうだろうか?」と自問自答する。ふとワンクッション置くことをおすすめします。
ポイント5 周囲の雰囲気に合わせてしまう。
勤続年数の短い職員よりも、ベテランの職員の方が利用者さんに対する言葉遣いが「タメ口」で会ったりあだ名や「ちゃん」付けで呼ぶのが日常的になっている場合もあります。
これは施設、事業所の風土によりますので、全ての施設に共通しているわけではありません。ベテラン職員がこのような行動を取っている場合、新人の職員はそれを手本にしてしまいます。逆にベテラン職員が言葉遣いや正しい呼び方を徹底していれば、自然と新人の職員はそれを見習います
夢を抱いて福祉サービスの従事者となった若者には正しい見本となって導いてあげることは年長者の責務ですね。
まとめ
ポイント1から3は利用者さんを「〜ちゃん」やあだ名で呼んでしまうことで利用者さんの精神面にはどのような影響があるのかを挙げました。
ポイント4と5は支援者自身の影響や内面の変化についてあげました。
利用者に限らず、相手をひとりの人格として尊重し、敬意をもって正しく名前を呼ぶ。丁寧に言葉遣いで接することは必然ですね。
それに違和感を感じる人もいると思います。「何かよそよそしくて、逆に相手を緊張させてしまわないか?」という意見も当然出てきますが、それは¥慣れていないから出てくる言葉です。福祉サービスの支援の現場は「感情労働」とも言われます。常に自分の感情と向きあい、コントロールが求められます。
丁寧な言葉遣い、相手への感謝の気持ちは自分にも返ってきます。
これは精神論ではなく、脳科学の分野では、「脳は主語を理解できない」といわれています。脳は他人に向けた悪口も同じように自分のこととして受け止めてしまいます。イライラするから、腹が立つからグチや悪口が出てくるかと思いきや、そのような言葉を発するためにイライラとする、腹が立つということもできます。
丁寧な言葉遣い、相手に敬意をもって名前を正しく呼ぶことは自分の精神面も安定することに繋がります。
私自身も「自分との約束」として、利用者さんには常に敬語で接しています。これをはじめてから仕事中にイライラすることが大幅に減りました。また、何かトラブルがあった場合にもすぐに冷静さを取り戻せます。この記事がみなさんの普段のお仕事に役立つことができれば幸いです。ぜひ、違和感を感じないようになるまで丁寧な言葉遣い、その方の名前を大切に想い、~さんと呼ぶ風土づくりに務めませんか?